茂庭 忠次郎

出典: 路上文化遺産データベース
2011年8月25日 (木) 14:12時点におけるEkikaraManhole (トーク | 投稿記録)による版
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
ナビゲーションに移動 検索に移動
名古屋市型地紋の蓋

茂庭 忠次郎(もにわ ちゅうじろう、1880年 - 1950年)は、明治後期から昭和初期にかけて下水道の設計・普及を進めた人物。名古屋市型地紋の考案者とされる。

日本大學工學部長。工学博士。

履歴

  • 1880年 仙台に生まれる
  • 1904年 東京帝國大學卒業
  • 1904年 東京市下水道設計調査主任(このとき中島 鋭治が技師長を勤めている)
  • 1907年 名古屋市水道技師
  • 1914年 名古屋市下水道敷設事務所長
  • 1918年 内務省土木局技師
  • 1920年 日本大學高等工學校土木科長(初代)
  • 1939年 日本大學工學部長(2代目)

外部リンク

執筆の途中です この項目「茂庭 忠次郎」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。